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NHKの番組でみつけたニーチェの言葉

NHKのEテレでやってる、100分de名著って番組好きです

日頃読むには重すぎるような本を、かいつまんで読んだような気にさせてくれる。
もちろんひと晩寝たら忘れてしまってるんだけど、ちょっとだけ気持ちに余韻を残してくれているような感じがして。
なかなか楽しい番組です。

前から気になってたんだけど
この番組のオープニングで一瞬流れるドイツ語の文
画面をコピってみました

 Von allem Geschriebenen liebe ich nur das,
       was einer mit seinem Blute schreibt.

これをネットで検索したらツァラトウストラはかく語りきの中の文だってのがわかりました。
へええ。

「全ての書かれたもののうち、私はただそ
の人がその血をもって書いたものだけを愛する」
その後に
「血をもって書け。君は、血が精神であることを知るだろう」
と続きます。

ニーチェは難解ですが、その謎めいた言葉を勝手に自分でレンダリングしてみるのは楽しい作業です。

上の言葉も含蓄があります

振り絞った精一杯の言葉
には精神が宿っている、肉体も含めて、実体といってもいいということか。。

生半可な浮ついた言葉があふれかえっている世の中だけど、
命のやりとりに等しい本気の「言葉」というのはそう簡単にでてくるものではない
生半可な気持ちで「言葉」を取り扱うとろくなことはない。

という意味と、今日のところはやんわり承っておくことにしましょう。

言葉にしろなんにしろ
本気、、、「抜かない刀」は、きちんと整えておきたい。

それは思うのです。





47歳になりました

 恥ずかしながら曝しておきます
13日に47歳になってしまいました。

全く何も根拠も決まりもないのだけど
47歳にすごく重いものを感じています

46歳は、20,30,39,40,41・・・の仲間でした。
47歳は、50.60,70...につづく入り口に立ってしまったという感じ。

この話を、ここんとこ会うヒト会うヒトにすると、過半数の人は同感だと言ってくれます。

ま、それだけなんだけど。

たぶん。。。。何かの終わりで何かの始まりなんだと。
そう思うのです。

やり残したこと
伝えておくべきだったこと
もっとできただろうこと

後付けの浅知恵は働くけれど、目の前で起きている時に
正しく行うことの難しさはあるんだって、ここでも思う。

寂しくもあり、でもいつまでも,
振り返らない時間の背中を見つめているばかりではいけないと思うので

前をむいてその流れに従います。

いままでの経験全てが、今の僕を形づくっているんですよね。
そして、かけらでもいいから、僕も何か影響を残せてるといいなあと願ってる。
そのことが全てだということで、いいんじゃないか、、、と思おう。

失っていく力も感じるけれど、集まってきたり、借りたりする力は増しているとも思えるので、プラスマイナスで充実していきたいものです。

広く浅くモード終了
狭くても、ちょっとでも深くモード投入

そんな感じがしてます


僕を知る、全ての皆さまへ・・・


いままでありがとうございました。
そしてこれからも、、、、どうぞよろしくお願いします



違いを乗り越えるのが

共通善について向き合うことは、哲学者だけの仕事ではない
こういう問題に取り組むのは「市民」であるということの一部である

「正義」3つの概念
1 最大多数の最大幸福
「功利主義」ベンサム

2人間の自律尊厳に価値を置く
  人間の基本的、絶対的権利を尊重する  カント
3美徳と共通善を育むこと
 アリストテレス

正義の目的
幸福の最大化
美徳の促進
善の促進

意見の違う者と議論することに理解のきっかけがある
意見が一致しない間においても、意見を聞き合うことで学び合うものがある。


サンデル先生の言葉より

対症療法じゃないよ。エスカレーターやめて階段で行こうよ

  言外に何となく早くも、醜い責任転嫁の姿勢、、、
こういう構図は、日頃からといえば言えるのだけど、これだけのことになっても、変わらないのだろうか。。。。

発生から2週間にして、緊張から弛緩に移るのだろうか。。。
もういつもの惰性モードに入るのか。。。

原子力の平和利用ってのは国策的に進めてきたはず。
最近ではエコの切り札のようにさえ言われ、国民も不安を感じつつも半ば同意していた。

今回の事故の引き金は天災だったけれど、自然の力を過小評価した人の甘さ、結果的には人災。

その人とは誰なのか?
犯人捜しではなく、定義が必要だと思う。

責任転嫁による責任の消滅では、またしても「進歩」がない。


国は、東電に責任をかぶせて今回のことを終息させ、ほとぼりが冷めれば、これまで通り原発推進でいくつもりなのだろうか。

「一義的補償は東電が負い、必要があれば国も。。」などと、この時点で言うセンスの無さ!
やることなすこと、あの政権は動く前に人の気をそぐ名手だと思う。

「腹をくくれ、そうしないと100%つぶれる」と恫喝したらしいが
哀しさのあまり
「東電つぶして、電気もなくどうするつもりなん?」、とからかいしたくなる。
状況認識の浅さだけじゃなくて、「首相本来の役割」もわかってないんだろう。

今回のコトは国ぐるみ、国民全体の問題。

今後の電力のことを考えるのは、日本の有るべき姿だったり、新しい価値観を模索するためにも、見えやすく取り組みやすい設題だと思う。

原発に頼らない社会を考えることは、
いままでの様々なくびきを脱して、新しいライフスタイルや新しい思考構造を確立するための試験

人ごとではなくて、ひとりひとりの変化の累積で対応する節目だ。

罹災地の窮状への対応はいうまでもないが、原状回復では2011年3月10日に戻るだけ。
ここ何年もとっくに社会の不活性状況を抱えていたあの日に戻るための作業ではない。


阪神淡路の時「復旧ではない!復興だ」と言われた。そのとおりだとみんな元気を取り戻した。

大げさな言葉になるけれど、今、言わなくてはいけないのは
「復興ではない、新価値観社会への移行」だと。

かつて天災や人心荒廃で滅びた文明はたくさんある。
いま取り組むべきは、我々の文明が再浮上するかどうかの試練と捉えて行動すること。

都知事の言動を全て共感するわけではないことを、まず言っておくが、
地震発生後、「不謹慎」としてメディアに言葉尻をつままれた例の発言の真意は、
別の次元からであるということを僕ら全員がわきまえなくちゃいけないのだと思う。

20世紀繁栄の原動力は科学だったかもしれないが、
人ごときが唱える「無謬性」では、自然の摂理を人の手の上に閉じ込めることはできない。

ひとたび事故をおこしたら、手に負えないモノを扱っているということを思い出して、
いまは謙虚にそこからやり直さなきゃいけないんだと思う。

原発だけではない。
こういう惰性慣行で成り立っている社会の見直しを突きつけられたんだ。

天罰って言葉はショッキングだけど
罹災者におっかっぶせておくのではなく、ぼくら全員で負うべき試練


平和で豊かで考えなくても上に昇れたエスカレーターは、地震停電で停まった。
でも地震が来る前から、うすうす感じていたじゃない?

「思って、行動」
昨日僕も言われた。


日本発世界。。。お金では取り戻せない。買えないモノを、ゼロから築く。


3.11体験メモ

 3.11 平塚、茅ヶ崎付近をクルマで走行中に地震に遭いました。

大分も地震が多いし、10年住んだ東京でもこんな大きな揺れは体験したことがなかった。

道路が波打ち、歩道を歩いている大のおとなも座り込んでいる。
僕らの乗ったクルマも激しく揺れました
怖かったのは横に立ちならぶ電柱。
その上にはトランス。
高い位置に重量物が載っているので折れて落ちてきたらかなりの破壊力になるだろうし、
電線に触れれば感電もありうる。

ぐにゃぐにゃとしなる電柱を横目に見ながら、折れたときに当たらないように
対向車線を走りました。幸いクルマが来てなかったので。


直後に大津波警報による避難勧告が発令され、周辺のビルからヘルメットをかぶり、非常持ち出し袋をもった集団がぞろぞろ出てきました。
その間5分ほど。

さすが東海地震に備えての訓練が行き届いているなと感心。

サイレンは鳴っている。だけど、空は快晴・・・
このときまだ傍観者気分。。。

職場ごと校区、地区ごとに集団になって
避難場所になっている公園や学校のグラウンドに整然と移動しているのをみて

ああでも、これは訓練じゃない。と自分に言い聞かせました

で海老名方面に移動。

停電によって信号も止まり、道路は渋滞。通常30分ほどの距離で3時間ほどかかりました。

宿泊は小田急沿線の伊勢原でしたが街は3時頃から停電だったようで、我々がたどり着いたときには、音もなく薄暗がりの街でした。


電車不通のため伊勢原から移動できなくなった「通勤難民」が部屋を求めてホテルのロビーにあふれるひとまくも。

余震もつづいていたので、暖房もないホテルの部屋に戻っても意味ないし、
何より腹が減ってはなんとやら。。。
晩以降の食料と水を確保しようと駅前の商店街に向かいました。

駅前のバス停と最近めっきり使うことのない公衆電話ボックスにはヒトの長い列。。。
みんな静かに粛々となすべきことをなしているという光景をみて、ちょっと安心しました。

コンビニ、東急やイトーヨーカドーなどは停電のため閉店。

でもレンタカーがあったおかげで郊外まで食糧調達に出かけることができました。

幹線道路沿いのコンビニはどこも満車。買い付けの客があふれていました。

運良く何軒目かでクルマを停める場所をみつけて店内に。
商品をかごにいれてレジ精算の順番を待つ長い列ができていました。

当然ながら店内は真っ暗。
レジも止まっているなかで、ハンディターミナルで在庫消し込みをして、電卓の手計算で一点ずつ処理。

彼らの手元にさえ明かりがないので自分のケータイを照明代わりにつかっていました。

連絡したい人もいるだろうに。。
従業員さんの懸命の努力に感服しました。

結局レジには50分列びましたが無事に調達できて安心。

食糧、水、電源があると心に余裕が生まれます。

クルマでホテル前に戻りましたが
状況は改善して居らず
クルマの中で過ごしました。

ラジオを聞きながらコンビニで買ったチャージャーでケータイとiPhoneを充電し長時間停電に備えました。

いくらモノがあっても、
買うモノを上手に選ばないと意味がないというのも感じました。

スナックは腹はたまるけど、のどが渇く。
飴もカロリーは確保できるけど。。。
カップ麺はお湯が必要などなど。。。

商店街のヒトが店先でたき火をはじめていました。
暖をもとめて集まっている光景も見ました。

自然にでる善意のかけ声をみて
元気になりました。



自分は何処にあるか


「悟るものは 和すれども同せず
迷えるものは 同すれども和せず」

柱がないと流される

糸井の言葉

好き嫌いがないとボケる

負担や義務は鈍らせる

いつでも投げ出す自由を担保

自然のありがたみ

ありがたみ

思い出す力

なかにあるモノの解放

安心と不安

都市と郊外

見える化の功罪

被疑者取り調べの可視化なんて言葉を新聞でみるね。
いいことだと思うよ。

見えない、言わない状態って
いろいろフェアじゃないもんね。
大いに推進してくださいな

だけど、別の見える化についてはobjection!があるよ、というのが今日のエントリー。

ものつくりの上での可視化
言葉の可視化
人間関係の可視化
勝ち負けや損得、好き嫌い。。。気持ちの可視化・・・などなど


コンピュータが介在して実現する可視化には
便利さとともに危険性があるなあと。。。常々思う

ただでさえ、「勘」が鈍っている昨今

眼から入ってくる安直な情報に惑わされるというか
慣れすぎてしまう危険性

エンタテインメントとしてはとってもおもしろい。
だけど、遊びだってわかっちゃいるけど、、、陥ってしまう危険性も大きいね

いやもう危険性は感じなくなるくらい、麻痺してるともいえるかも。。。


便利になることによって失う感覚を嘆くと
「時代おくれ」「懐古主義」のように言ってしまう風潮は大昔からあるんだろうけど
ヤバさに拍車がかかっているような気がするよ。

目に見えない感覚の中にいろんな大事なものが入っていることって多い。
眼以外の感覚の方が正確だということもある。

眼から入ってくる刺激ってインパクトがある分
他の感覚をマスクしてしまう要素もあるじゃない。

だから
特にコミュニケーションは
文字や絵姿だけで判断することの危うさって大きいと思うわけ


可視化の危険性は、「見える・見えない」「目立つ・目立たない」に分断されてしまう危険ということもできる。
なんでも、1or0 デジタル化というかさあ、白黒ステレオタイプじゃだめだってこと。

時々刻々変化する
無限階調の世界に住んでるんだよね。
僕らは。

「見える」と「見えない」の間にほとんど見えるとか、うっすら見えるとか。ほとんど見えないとか。。。言い尽くせないわけじゃない?


可視化することはできないし、する必要もない。しないほうが豊かだってことも
たくさんあるわけでしょ。

見えないものに込められた「  」を感じたい。
大事にしたいんだなあ。。。

その状態を言い表した言葉。
「秘すれば花」は、今も生きているんだと確信する


あ、今日書いたことのほとんどは
たぶん書かなくてもみんな、頭で納得理解していることだと思う。
たぶん半数以上のヒトは、興味ないし、めんどくさくて、ここまで読まない。

そうして、割り切って切り捨てる
賛同してくれるのは半分の半分。。。以下なんだろうな。

みんな
思い切りがいいね
気安く半分捨てるんだよね

僕はこういうことでも、欲張りなのかなあ。。。。


ミニミニ民間外交

オーストラリアから来たご夫婦。
シンガポールから移住したらしい。
昨日うちで2時間ほど滞在。
買い物をたくさんしてくれた。

ようこそ大分へ

奥さんが買い物している間、ダンナさんとお話。
おもしろかった。

聞いて話はわかるけど、こっちから話せないのがくやしいなああ。。
英語しゃべれたらなあと痛感

日頃話してるときでも、いい回しが変なのかな?ぼく
英語にしようにもさっぱり。。

でもまあ、30年前に4ヶ月日本に住んでいたらしく、こっちのいうことを
酌み取ろうとしてくれたので、なんとなくは、やりとりできた。

買い物おわって
夕方になってたので食事ということで

大分名物
豊後牛を食べたいと。言い出した。
ステーキ?
肉の本場から来ててどうなんだろう

ま、でもいろいろ(省略)話をしてて
大分来たんだから、魚を食べて行ってよということにして
りゅうきゅう、とり天、だんご汁を紹介。
某店を勧めして、旅の続きの安全をお祈りしつつ、お別れした。

-----------------------------

昨日すごく満足してくれたようだ。

今日も来たよ。

また食べたいんだって。
りゅうきゅう丼

3週間も日本国内各地を旅行しているらしけれど、大分の「りゅうきゅう」気に入ったって。
どうして大分なのに、りゅうきゅうなんだ?って、何度も言ってた。


今日はマートにある別のお店を紹介したよ

今日朝のアクシデントで痛めた足を引きづりながら店までつれてった。

すごく感激してた
サンキューサンキューって
日本人は親切だって


お別れに写真を交換

日本の思い出づくりに貢献できたような気がして
とてもうれしかった。






再掲

前にも載せたけど、あのときと今日は違う気持ちだ。

時間が必要

ゆえしれぬかなしみぞ
げにこよなくも堪えがたし。
恋もなく恨みもなきに
わが心かくもかなし。
                ポール ヴェルレーヌ



雨が降るかなあ。。

理由は分析できているんだよ。
その分析に従いたくないだけ。。。

iTunes 母艦轟沈につき

先日来書いていますが、うちのMacが沈没してしまい。
日常生活に支障をきたしています。

メールややりかけ仕事のexcelデータとかが、母艦もろとも。。。

いろいろ復旧を試みましたがだめでしたので新規代替の母艦を発注してます。

エアコンは壊れるし、iPhone4も出るし、、、
この時期に買い換えはしたくなかったのですが、
やっぱりネットの無い生活はできそうにないです。

こわれたMacはサブ機として再就役します。
壊れた内部HDDは無視して
以前使っていたFireWireの120GBの外付けにシステムを入れて
動かします。

Mac Miniはスリムでシンプルが本来信条ですが、
たこ足USB配線で不格好になったけど、
素材取りのスキャンとか簡単な編集とか受発注くらいはまったくありません。

よっていままでサブで動いていたグラファイトG4は順送りで退役。

いま記録をたどってみたら2000年就役なんですね。。。
10年よくがんばってくれました動態保存のまま 事務所の調度品になります。。。。最敬礼










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